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札幌地方裁判所 昭和37年(ヨ)222号 決定

申請人 斎藤正義 外三〇名

被申請人 札幌中央交通株式会社

主文

被申請人は申請人らに対し別紙債権目録記載の金員を仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人らは、

「被申請人は申請人らに対し別紙債権目録記載の金員を仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」

との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

一、紛争の経緯

被申請人は主として札幌市内においてタクシー営業を行なう会社であり、申請人らはいずれも右会社の従業員であつて、同社の従業員をもつて組織される札幌自動車交通労働組合中央交通支部(以下単に組合という)の組合員であることは当事者間に争いがないところ、当事者間に争のない事実および疎明によれば、次の事実が一応認められる。

(1)  昭和三七年二月五日、組合は春季斗争の一環として、上部団体である全国自動車交通労働組合連合会(以下単に全自交と略す)の指示により、一律五、〇〇〇円の賃上げ・罰金科料の会社負担・最低賃金制の確立等を含む六項目の要求を被申請人に提出した。

(2)  右要求に基き、被申請人と組合は、二月一九日から五月一三日にいたるまでに一三回にわたり団体交渉を行つたが妥結にいたらず、この間組合は全自交の指令により、被申請人を含む経営者の団体である全国乗用自動車連合会・北海道自動車協会・札幌地区ハイヤー協会に対し、統一団体交渉を要求して、予告のうえ三月二〇日・同月二八日に各二時間、四月六日に三時間、四月一〇日に四時間の各時限ストライキを行つた。ところが各経営者団体からいずれも統一交渉は拒否されたので、全自交は各所属単位組合ごとにそれぞれの経営者と団体交渉を行うことにし、右方針に従い、組合は被申請人と団交を行いつつ、更に全自交の指令によりさきに提出した要求貫徹のため四月二一日・同月二八日・五月八日・同月一三日に各四時間の時限ストライキを決行した。

(3)  この間四月二四日に、被申請人は申請人一同あて社告として、昭和三六年四月一三日締結・同月一日から実施の労働協約およびその別紙賃金規定を破棄し、従業員の賃金につき歩合制を復活する旨を示した。

(4)  申請人らは右社告があつてからもひきつづき勤務を続けていたところ、被申請人はその所有する全営業用車輛一五台中、四月三〇日に五台を、その後一台を、また五月一〇日には自動車修理部品一切を営業所から車輛修理のためと称してひきあげた。

(5)  五月一三日午後二時ごろ、会社控室で、被申請人からの申入れに基き労使団体交渉が行われ、右交渉最中に被申請人の依頼により、第三者が車輛を営業所からひきあげようとして申請人らの気付くところとなり、うち三台は同人らの制止にあつて取りもどされたものの、二台は営業所から他の場所へ持去られた。右事情が突発したため両者の感情的対立は一層激化し、団交はそれきり打ち切られ、被申請人は同日午後二時五〇分ごろ、組合執行部に対し、札幌市北七条東四丁目の事業所の無期限ロツク・アウトを宣言した。そして五月一四日以降被申請人幹部は行方を不明にするとともに、被申請人側は社屋に出なくなつた。

二、本案請求権の存在

(1)  さきに認定したとおり昭和三六年四月一三日に被申請人と組合間で労働協約および賃金規定が締結され、同月一日から実施されているところ、右労働協約の内容を検討するに、右協約第一〇条には「この協約の有効期間は労働組合法第一五条に従うものとする。」と規定されているだけで、本協約が有効期間の定めのあるものか、また定めがないものか、右協約の条項のみからでは判然としないかのごとくであるが、労働組合法第一五条の立法趣旨、同条改正の経緯と有効期間を顧慮して一個条を設けていることから推及される協約当事者の意思を綜合すると、本協約は有効期間三年のものであると一応認められる。そうすると、本協約の期間満了前に、一方当事者の意思表示によりこれを解約することは、労働協約が労使関係の安定という目的のために締結・維持されるべきものである以上、原則としてできないことになる。

ただ協約締結の際の客観的経済的事情が、その後当事者の責に帰すべからざる事由によつて、当時全く予見されなかつたほど重大な変動を生じ、そのため当初考えられた協約の維持が、信義誠実の原則上一方当事者にとつて極めて不合理であると考えられる場合は、労働協約のもつ規範的性格にもかかわらず、一般の契約理論に準じ、事情変更の原則の適用により、一方当事者に解除権の発生を認むべきものと解すべきである。

そして当事者間に争のない事実および疎明によれば、被申請人はタクシー業界としては異例な固定給賃金制度を採用していること、営業収入が協約締結時の予想より平均してかなり下廻つていること、五〇万円の被申請人振出の約束手形を第三者に肩代りしてもらつていること、前掲のごとき経過で争議が行われたことが一応認められるが、この程度の会社経理の悪化・労使の対立というだけでは、いまだ事情変更の原則に基く解除権の発生を肯認できない。従つて被申請人の本件労働協約解除の意思表示は無効であるというべきである。

次に、右協約の別紙賃金規定が昭和三六年四月一三日に締結され、同月一日から実施されていることは当事者間に争のないところである。すると、前段で判断したとおり、被申請人が昭和三七年四月二四日になした協約解除の意思表示は無効であるから、同協約第二六条の別紙に相当する賃金規定も同様右解約申入により効力を失わないこととなる。ただ右賃金規定の内容をみると、その有効期間は一年と定められ、期間満了しても新規定が締結されるまでは、右規定が適用されることとなつているところ、一年経過後に新規定が締結されたという疎明はないから、現在申請人らに対する賃金支給の基準は右規定によるべきであるというべきである。

そして当事者間に争いがない事実および疎明によれば、従業員が私傷病による休業の場合の賃金取扱は昭和三六年四月一三日締結の「覚書」によること、ストライキのため稼働休止の場合はその時間に応じて減額される慣行があることがそれぞれ一応認められる。

(2)  更に、当事者間に争のない事実および疎明によると、次の事実が一応認められる。

前示のごとき経過で本件紛争が進行したのち、昭和三七年五月一三日午後二時五〇分ごろ、被申請人は組合執行部に対しロツク・アウトを通告し、被申請人代表取締役は翌日以降行方を不明にし、被申請人側は車輛課長を除いて社屋に出なくなつた。一方申請人らはその後も依然として連日会社に出勤して労務の提供を現実になし、かつ文書をもつて被申請人に対し就労の申入れをなしたが、被申請人は五月一五日に組合にあてゝ自動車七台の引渡と事業所からの退去を要求したほかはなんらの応答をしなかつた。ロツクアウト宣言後も申請人らは六月四日の仮処分執行にいたるまでの間は前示のように会社事業所へ出て、被申請人の自動車七台を使用して営業をなし、右営業収入はガソリン代・修理費等の必要経費を控除して全部組合幹部名義で労働金庫に積立てていた。ところが仮処分決定の執行により、六月四日、右七台の自動車が執行吏保管に移され、六月一四日事業所の立入禁止処分がとられたので、申請人らは爾後タクシーを運行できず、会社へ出て、いつでも就労できる態勢を整えるとともに、文書で被申請人に就労申入れを重ねていた。なお組合は一律五、〇〇〇円の賃上げ等の要求を現在にいたるまで持続している。

右認定事実に徴すると、申請人らは債務の本旨に従つた労務の提供をなしており、被申請人においてこれを受領しないでいるものと認むべきである。

被申請人は、本件ロツク・アウトは、会社の業績の悪化・組合の過当要求を掲げた争議行為により、このままでは会社の存立自体が危ぶまれる急迫な事態にたちいたつたので、やむなくなしたものであり、従つてロツク・アウトの効力により被申請人の労務の受領遅滞はその責に帰すべからざるものとして、賃金支払義務を免れると主張するので、本件ロツク・アウトの正当性の有無について検討する。

元来ロツク・アウトは憲法以下労働関係諸法規の保障のもとに、労働者に争議権が認められているのに対応して使用者に認められる争議権であつて、その性質上、労働者側において、企業の存立に著しい損害を及ぼすような争議行為が現存するか、或いはそのような争議行為に出る意思が確立されたと客観的に明白な場合にのみ、企業防衛上緊急的にできるものであり、従つてその時点における具体的な争議行為との対比においてロツク・アウトの成否・目的・態様はきまらざるをえない。

いま本件についてみると、疎明によれば、なるほど昭和三六年四月当時に予想した一車輛一日あたりの収益七、〇〇〇円の線が多少下廻つていること、昭和三七年三月二〇日の第一回時限スト以来収益の下降が顕著になつたこと、被申請人が購入新車の代金を支払えないでいること、がそれぞれ一応認められるが同時に数次にわたる労使交渉において、被申請人がもつと誠意をもつてあたれば、争議は早期終結の途がありえたのではないかと窺われ、また実収益が予想収益を下廻つたことは事実であるが、その差は直ちに破産というような企業の危殆と結びつくとはいいきれず、会社経理の方法・労務管理に被申請人において遺憾なきを期すれば事業好転の見込は充分可能であつたと考えられ、そのうえ、当事者間に争のない事実および疎明から明白なように被申請人は、ロツク・アウト通告前にも車を修理のためと称して修理工場へ持去り、通告直前にも組合員の感情を殊更刺戟するような方法で車のひきあげを図るなど、自ら収益減少の原因をつくり出しているのであり、組合は五月一三日午前八時から正午の時限ストを最後としてそれ以後なんらの争議行為に出ていないことが一応認められる。以上認定の事実を綜合して考えれば、被申請人の全面的かつ無期限ロツク・アウトは、到底正当なものということができない。

仮にロツク・アウトが適法に成立していたとしても、これにより就労が拒否された場合に使用者が当然その間の賃金債務を免れるか否かは別個の問題である。ロツク・アウトは解雇のように労働契約を消滅変更させる意思表示ではなく労務の受領を拒否する行為にすぎないものであつて、ロツク・アウトが使用者の有する作業所の所有権その他の排他的管理権に基いてなされる以上、労働者は作業所に立ち入る権利を有しないが、使用者はこれによつて当然に賃金支払義務を免れるものではなく、たとえばそれが緊急行為に当たる場合のごとく、労務の受領拒否が使用者の責めに帰することのできない事由によると認められる場合にかぎり、使用者は受領遅滞の責めを負わず、延いて使用者は民法第五三六条第一項により賃金債務についても免責されることとなるにすぎないと解すべきである。疎明によれば、五月一四日以降被申請人側は出社せず、申請人らにおいて、残された自動車七台を使つて営業活動にあたり、その収益を必要費を除いて組合委員長名義で預金していたことが認められるが、被申請人側において、五月一四日以降代表取締役は所在を不明にし、その他の会社幹部も出社せず、事態をなりゆきに任せる方針をとり、事業経営の意思を一時的にではあるが事実上放棄しているとしかみられないような状況にあつたのであり、申請人らが被申請人の指揮命令を強制的に排除して、その企業支配を手中にした場合とは質を異にするのであるから、これをもつて生産管理ということはできない。他に、労務の受領拒否が使用者の責に帰することのできない事由によるものであることの疎明がないので、被申請人は申請人らの労務提供についての受領遅滞の責任を免れないといわねばならない。

(3)  申請人らの賃金の支払は、当該前月二一日から当該月二〇日までを計算して当該月二五日にその月分として支払うことに賃金規定で定められていることは当事者間に争いのないところである。

(4)  当事者間に争のない事実および疎明によると、申請人らの昭和三七年四月分給与残額、五・六・七月分給与の数額は、賃金規定・覚書・ストライキによる稼働休止期間中の賃金カツトの慣行を適用して、別紙債権目録のとおりとなる。

(5)  してみると、申請人らは被申請人に対して賃金支払を求める本案請求権を有するものであるというを妨げない。

三、仮処分の必要性

疎明によれば、申請人らはいずれも被申請人に雇われ、その賃金を唯一もしくは主たる収入源として生活しているものであり、ほとんどの者が借家或いは借間暮しであつて、妻子を扶養しているものも相当数にのぼり、子供の教育費・保険の月掛金はもとより、居住費や飲食費にさえ窮している実情であつて、これまで組合からの貸付生活資金月額約一五、〇〇〇円と家財の質入れ等により、辛うじて生活を続けてきたものの、今後早急に被申請人から任意の支払を期待しえない模様であり、一介の給料生活者にとつては三ケ月分以上に相当する賃金を支払われないことは、他に特段の反対事情が窺われないかぎり、それ自体で緊急性をみたすとさえいえるのであるから、右諸事情とあいまつて賃金支払の仮処分命令を得なければならない緊急性があるものといわなければならない。

四、結論

果してそうだとすれば、本件仮処分申請は、被保全権利および保全の必要性の存在につき疎明がなされたものというべきであるから、主文第一項の仮処分命令を発することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 本井巽 間中彦次 今枝孟)

(別紙)

別紙債権目録

氏名

五月分(円)

六月分(円)

七月分(円)

公休出勤手当(円)

四月分残額(円)

1

斎藤正義

二三、二一〇

二四、二〇〇

二四、二〇〇

二、一九二

2

近藤茂

二三、五〇四

二四、二〇〇

二四、二〇〇

二、三二八

一、四〇〇

3

伊東元也

九、六八〇

七、六〇三

二四、二〇〇

一、〇九六

4

河田次男

二三、五〇四

二四、二〇〇

二四、二〇〇

二、三二八

一、四〇〇

5

伊藤実

二一、四〇〇

二一、四〇〇

二一、四〇〇

一、〇三〇

6

石川春雄

二二、一四〇

二二、八〇〇

二二、八〇〇

二、一九二

7

松風松雄

二四、三〇四

二五、〇〇〇

二五、〇〇〇

二、三二八

8

日南伊昌

二五、二五二

二五、六〇〇

二五、六〇〇

一、一六四

9

北林定男

一九、二二六

二五、六〇〇

二五、六〇〇

一、一六四

10

佐藤豊

一八、四〇〇

二一、四〇〇

二一、四〇〇

一、七七八

11

川口俊六

二〇、七八二

二一、四〇〇

二一、四〇〇

二、〇六〇

12

渡辺光雄

二六、〇五二

二六、四〇〇

二六、四〇〇

一、一六四

13

渡辺博司

二三、七三六

一五、三六二

二四、二〇〇

二、三二八

14

島崎隆

二三、五〇四

二四、二〇〇

二四、二〇〇

二、三二八

15

島田勲

二四、九〇四

二五、六〇〇

二五、六〇〇

二、三二八

16

大下正夫

一八、〇二二

二一、四〇〇

二一、四〇〇

一、七七八

17

渡辺利美

一九、〇三六

二〇、八〇〇

二〇、八〇〇

一、九二四

18

小野塚幸作

二五、三〇四

二六、〇〇〇

二六、〇〇〇

二、三二八

19

笹本重征

七、〇〇〇

七、〇〇〇

七、〇〇〇

20

斎藤琢郎

二四、三〇四

二五、〇〇〇

二五、〇〇〇

二、三二八

一、四〇〇

21

佐藤昌介

二五、七〇四

二六、四〇〇

二六、四〇〇

二、三二八

22

羽山進

一五、一八六

二七、四〇〇

二七、四〇〇

一、二三一

一、四〇〇

23

松井清幸

二二、二〇〇

二二、二〇〇

二二、二〇〇

一、九二四

24

小酒猛

二五、五三六

二六、〇〇〇

二六、〇〇〇

二、三二八

25

熊沢敏彦

二三、六〇〇

二五、〇〇〇

二五、〇〇〇

二、二六〇

26

松岡弘志

二五、一三六

二五、六〇〇

二五、六〇〇

二、三二八

27

花越剛二

二一、八一〇

二二、八〇〇

二二、八〇〇

二、一九二

28

岡田武司

二二、一四〇

二四、二〇〇

二四、二〇〇

二、二六〇

29

菊池巌

二二、八四〇

二三、六〇〇

二三、六〇〇

二、一九二

30

小野寺孝雄

二二、一四〇

二二、八〇〇

二二、八〇〇

二、一九二

31

浅沼巌

一六、四三三

二〇、〇〇〇

二〇、〇〇〇

一、七七八

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